前回の記事では、古代エジプトをはじめ、世界各地に見られる「足に触れる文化」についてご紹介しました。
では、現在私たちが知る「反射区」や「ゾーン」という考え方に基づく『リフレクソロジー』は、どのように形づくられてきたのでしょうか。
その起源をたどると、20世紀初頭のアメリカで活躍した何人かの人物に行き着きます。
ウィリアム・H・フィッツジェラルドと「ゾーンセラピー」
近代リフレクソロジーの歴史を語るうえで重要な人物の一人が、アメリカの耳鼻咽喉科医ウィリアム・H・フィッツジェラルド博士(William H. Fitzgerald,MD)です。
フィッツジェラルドは、手や足など身体の一部に圧を加えることで、離れた別の部位の痛みが和らいだり、感覚が鈍くなったりすることに着目したとされています。そこから、身体を縦方向に10のゾーンに分け、ある部位への圧が同じゾーンにある別の部位に影響を与えるという考え方を発展させました。これが「ゾーンセラピー(Zone Therapy)」へとつながっていきます。
この考え方は、**ゾーンセラピー(Zone Therapy)**として知られるようになります。
現在のリフレクソロジーにある「身体をいくつかのゾーンに分け、身体の一部と別の部位との関連を考える」という発想は、このゾーンセラピーの流れから発展したものの一つとされています。
エドウィン・F・バウワーズ~ゾーンセラピーを広めた人物
フィッツジェラルドとともに、この初期のゾーンセラピーの歴史で忘れてはならない人物が、エドウィン・F・バウワーズ/バウアーズ・バワーズ(Edwin F. Bowers, MD)です。
1917年、フィッツジェラルドとバウワーズは、共著で『Zone Therapy; or, Relieving Pain at Home』を出版しています。
この本では、ゾーンセラピーの考え方や、圧を利用したさまざまな方法が紹介されています。
現在のリフレクソロジー史では、フィッツジェラルドや後に続くライリー、インガムに比べると、バウワーズの名前が取り上げられる機会は多くありません。
しかし、フィッツジェラルドと共著を出版していることからも、ゾーンセラピーが医学関係者や一般の人々に知られていく過程で、重要な役割を担った人物の一人と考えることができます。
ジョセフ・シェルビー・ライリー
フィッツジェラルドの考え方をさらに発展させた人物として知られているのが、ジョセフ・シェルビー・ライリー(Dr. Joseph Shelby Riley)です。
ライリーは、フィッツジェラルドのゾーンセラピーをさらに発展させ、縦方向のゾーンに加えて横方向の区分を示したとされています。また、足や手の反射ポイントを示す詳細な図も作成したと紹介されています。
ユニス・インガムと「フットリフレクソロジー」
そして、この歴史の中で、現在のフットリフレクソロジーに特に大きな影響を与えた人物が、ユニス・インガム(Eunice D. Ingham)です。
インガムはライリーのもとで働いていた理学療法士で、ゾーンセラピーの考え方をもとに、特に「足」に焦点を当てて研究を進めました。
足に触れながら身体との関連を探り、足の各部位を身体のさまざまな部分と対応させる「フットチャート」を発展させていきます。
そして1938年には、Stories the Feet Can Tell を出版。
その後も著書や講習を通して、その考え方と技術を広めていきました。
インガムの功績は、ゾーンセラピーを受け継いだことだけではありません。
身体の一部である「足」に焦点を当て、足への施術として体系化し、広く伝えていったこと。
それが、現在のフットリフレクソロジーへとつながる大きな流れの一つになったと考えられています。
その功績から、インガムはしばしば「近代リフレクソロジーの祖(Mother of Reflexology)」と呼ばれています。
フィッツジェラルドがゾーンセラピーを発展させ、バウワーズがその考え方を共著などを通して紹介し、ライリーがさらに研究・発展させ、その流れの中でインガムが足に焦点を当てて体系化していく。
そうした人から人へ受け継がれ、研究され、形を変えながら発展してきた歴史があります。
ユニス・インガムからヨーロッパへ
インガムの考え方やメソッドはアメリカから世界各地へと広がり、それぞれの国や教育機関で学ばれ、さらに独自の発展を遂げていきました。
イギリスでは、ドリーン・ベイリー(Doreen Bayly)がインガム女史のもとで学び、リフレクソロジーを広めた人物として知られています。
ドイツでは、ハンネ・マルカート(Hanne Marquardt)がインガム女史から学んだ人物として紹介され、その後、ドイツでリフレクソロジーの発展に大きく貢献しました。
また、スイスのヘディ・マザフレ(Hedi Masafret)も、インガム女史のもとで学びんだ一人です。
ヨーロッパからアジア・台湾へ―呉若石(ジョセフ・オイグスター)
リフレクソロジーはヨーロッパだけでなく、アジアにも広がりました。
台湾で広く知られる「若石(ジャクシー)リフレクソロジー」を創始したのが、スイス人宣教師の**呉若石(Joseph Eugster)**です。
呉若石は、ヘディ・マザフレの著書を読み、そこに紹介されていたリフレクソロジーを自ら試したことをきっかけに、この道へ進んだとされています。
当時、呉若石自身が慢性関節リウマチによる膝の激しい痛みに悩んでいたところ、リフレクソロジーを実践する中で症状が軽くなった経験が、その後の活動につながったと紹介されています。
さらに、あらためてスイスのヘディ・マザフレのもとでも学んだと、若石館の公式プロフィールに記載されています。
こうした経験をもとに台湾でリフレクソロジーを広め、現在の「若石健康法」へと発展していきました。
一人の人物だけでは語れない歴史
こうして歴史をたどると、近代リフレクソロジーは一人の人物によって突然生まれたものではないことがわかります。
フィッツジェラルドのゾーンセラピー。
それを発展させたライリーらの研究。
そして、足に焦点を当て、体系的なフットリフレクソロジーの発展に大きく貢献したユニス・インガム。
その後、ベイリー、マルカート、マザフレなど、さまざまな人々を通じて世界へ広がり、各地で新たな発展を遂げていきました。
だからこそ、現在のリフレクソロジーにも、さまざまな考え方や施術方法があります。
リフレクソロジーを学ぶときには、単に反射区の場所や手技を覚えるだけでなく、その背景にある歴史にも目を向けてみると、より深くリフレクソロジーを理解できるかもしれません。
次回は、日本でよく聞かれる「英国式」「台湾式」などの呼び方にも触れながら、世界のさまざまなリフレクソロジーについてご紹介します。
同じ「リフレクソロジー」と呼ばれていても、どのような違いがあるのでしょうか。
***リフレクソロジー関連記事一覧***
*リフレクソロジーのルーツをたどる~古代エジプトから世界の『足に触れる文化』まで
本記事は、海外の様々な文献・資料を含め、筆者が調査・整理したものです。




















