「リフレクソロジーは、いつ生まれたのでしょう?」
この質問に、「古代エジプト」と答える人もいるかもしれません。
実際、リフレクソロジーの歴史を紹介する際には、古代エジプトの壁画がよく取り上げられます。
けれども、現在のリフレクソロジーが古代エジプトからそのまま受け継がれてきた、という確かな証拠があるわけではありません。
では、なぜ古代の足への施術がリフレクソロジーの歴史と一緒に語られるのでしょうか。
今回は、近代リフレクソロジーが生まれる以前の、世界各地の「足に触れる文化」に目を向けてみます。
古代エジプトに残る「手足に触れる」場面
リフレクソロジーの歴史でよく紹介されるのが、エジプト・サッカラにあるアンクマホルの墓の壁画です。
紀元前3千年紀頃のものとされるこの壁画には、人の手や足に触れているように見える場面が描かれています。
その場面には、「痛くしないで」という意味の言葉と、それに対する返答が記されていると紹介されることもあります。
ただし、この壁画が現代のリフレクソロジーを表しているという確かな証拠はありません。
「反射区」という考え方が描かれているわけでもないため、これをリフレクソロジーの起源と断定することはできないでしょう。
それでも、古代の人々が手や足に触れることを、身体のケアの一つとして行っていた可能性を知ることができる、興味深い資料です。
世界各地にあった「足に触れる」という文化
足に触れる文化は、エジプトだけに限られたものではありません。
インドの伝統医学アーユルヴェーダには、現在も「Pada Abhyanga」と呼ばれる足へのオイルマッサージがあります。
中国にも、古くから足を身体の一部として捉え、足を揉んだり刺激したりするさまざまな習慣や施術があるようです。
また、インカから北米のネイティブアメリカン(インディアン)に伝わり、彼らが足を大地とのつながりとして捉えたり、足への働きかけを癒しの一部としてとらえてきたとする記述があります。
ただし、これらをすべて「リフレクソロジー」と呼ぶことには注意が必要です。
現代のリフレクソロジーは、身体の各部位と足や手などの「反射区」を関連づける理論体系を持っています。
そのため、古代や伝統文化の中にあった足への施術や刺激と、近代に体系化されたリフレクソロジーが必ずしも同じものだとは言えないのです。
それでも、
「人の身体に触れる」
「足を大切にする」
「足を身体全体とのつながりの中で捉える」
という文化が、世界のさまざまな場所に存在してきたことは、とても興味深いことです。
私たちの足は、本来、地面と直接つながる身体の一部でした。
・足の裏で地面を感じる
・立つ
・歩く
・バランスをとる
・そして、誰かの手で足に触れてもらう
人は昔から、さまざまな形で足と関わってきたのかもしれません。
そして、近代リフレクソロジーへ
このように見ていくと、足に触れる文化そのものは、世界各地に古くから存在していたことがわかります。
しかし、現代のリフレクソロジーにつながる「反射区」や「ゾーン」という考え方が、いつ、どこで生まれたのか。
その先は、歴史の流れが少し変わってきます。
20世紀初頭のアメリカで、身体を縦方向のゾーンに分けて考えたウィリアム・H・フィッツジェラルド。
その考え方を発展させた人々。
そして、足に焦点を当て、現在のフットリフレクソロジーの大きな流れをつくったユニス・インガム。
そこから、リフレクソロジーはアメリカからヨーロッパへ、さらに世界各地へと広がり、それぞれの地域で独自の発展を遂げていきます。
次回は、いよいよ近代リフレクソロジーの歴史へ。
フィッツジェラルド、ライリー、ユニス・インガム、そしてヨーロッパや台湾へと広がっていったリフレクソロジーの流れをたどってみたいと思います。
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